就職活動は人生を決めるうえで一番大切な決断だと言える。
なにせ、大学生にとって、どの会社で働いてどれだけ給料がもらえるかは今後の人生を決める上での最優先事項であり、その決断で人生は決まってしまうと思っているからだ。
時が経てばそう重要な出来事ではなかったと思えるようになるのだが、友人や家族にマウントをとれるかどうかの瀬戸際なのだから現実はそう簡単ではない。
公務員試験において、学歴フィルター(大学名)やコネ採用は間違いなく「存在する」
存在するからといって、あなたは諦めるんですか?
就職活動で学歴フィルターが存在するのは当然なのか
さて、その就職活動で学歴フィルターが存在するのではないか?という噂が現実味を帯びてきている。
とある私大の女子学生が企業の就職説明会に申し込こもうとしたところ、ネット上で「満席」と表示されたそう。
そこで、私大ではなく、早稲田大学の学生として申し込んだところ「空席」と表示されたそうだ。
つまり、早稲田大学であれば説明会に参加できて、無名大学であれば申し込むことさえ許されないということだ。
このことが明るみにでてから、企業側がシステムを変更し、今現在、そのフォームからは申し込めるようになっているようだ。
しかし、このことは、今年になって始まったわけではない。以前よりずっと噂されてきている。
・女子学生と男子学生といった性別フィルター
・私立大学と国公立大学といった大学フィルター
・大学偏差値による大学名フィルター
など、さまざまだ。
この事実が公になりだしてから、学歴フィルターを使って学生を絞っているということで企業は非難されだした。
企業側も対応におわれ、建前上は学歴フィルターは存在しないとしている。
学歴フィルターは差別か?
要は、学歴フィルターは学生を差別しているではないのか?ということだ。
私は、この差別ではないかという議論を聞くといつも笑ってしまう。
なぜなら、差別は当たり前で、なんで就職活動だけ特別扱いするの?という話だからだ。
人生を生きていく上で様々な差別は存在する。
人種差別を筆頭に性別的差別、身体的差別、言語的差別、言い出せばキリがない。
万国共通ともいえよう。外国人、白人、黒人、イエローモンキー、こんな言葉も差別だといえば差別だ。
しかし、これらは生まれ持ったものであり、自分の力ではなかなか変えることができない。
もちろん、これらの差別を無くそうとする議論はあってしかるべきである。
確かに、差別という点においては、経済的差別は存在しているかもしれない。
やはり、高学歴の人は両親がお金持ちであるというデータは隠しきれない事実だからだ。
医者の子は医者、と言われるように、事実としてそうなる確率が高いのだ。
私学に医学部だと学費だけでも数千万円、どうしたってお金が必要だ。
お金がない家に生まれれば、そう簡単に塾などにはいかせてもらえないだろう。
教育という面では大きな差が生まれるかもしれない。
しかし、これを言い出せば、すべてが差別になる。
お金持ちが理由でイジメられて不登校になる人だっている。
これもれっきとした差別だ。
貧乏でも東京大学に合格して奨学金を貰いながら卒業する人もいるのだ。
女性専用車両なんて明らかに差別であり、レディースデーで映画が安く見れますなんて片腹痛い。
これは、女性を優遇しているということで議論されること多いが、明らかに男性側が女性を冷遇していることに早く女性は気が付くべきだ。
これをラッキーと思うから一生、男女差別はなくならない。
少し話が脱線したので、戻そう。
就職活動だけ特別扱いをすることこそ差別だ!
もちろん、東京大学や京都大学といった世界でも通用するような大学に入学することはある程度の才能も必要であり、努力も必要だ。
人によっては幼稚園から受験を経験し有名進学校へと進む。
才能だけで突破できるのはほんの一握りで、ほとんどの人は自分の時間を削り、勉強、勉強、勉強だ。
それでも入学できる人数には限りがある。
1浪、2浪とその大学に入るために耐える人も多くいるのが事実だ。
一般的には22歳で大学卒業だ。
小学校入学が6歳、大学入学が18歳であることを踏まえると、少なくとも12年間は勉強の毎日を送るはずだ。
一方、勉強もせず、ゲーム、漫画、アニメ、テレビなどに没頭している人は、勉強という意味では12年間何もしていない。
そのような人が大学に入学した途端、一念発起して成果がだせるとは到底思えない。
両名が大学3年生のときに、就職活動というスタートラインに並んだとき、どちらが有利かは一目瞭然だ。
にもかかわらず、同条件で採用を決定しようとするのであれば、それは逆に差別ではないか。
採用を運だけで決める企業に入社したいか?
例えば、とある企業が採用をくじ引きで決めるとしよう。
人生を勉強にささげてきた人からすれば、そんな企業に入社したいと思うだろうか。
何も考えずに適当に生きてきた人間と同じなのだ。
納得できるはずがない。
そして、これがまかり通ると、今日の日本において、一体どこの誰が勉学に励むだろう。
勉強しても結局くじ引きで採用が決まるのであれば、私は絶対に勉強しない。
極端に言えば、足し算や引き算ができなくても、年収1000万円の世界だからだ。
東京大学を卒業しても年収300万円、これが運だけといわれて片づけられるわけがない。
学歴とは名ばかりで、とどのつまり年収が高い、労働時間が短いといった好待遇の会社に入るためのものだとほんどの学生は考えている。
社会のために研究開発を低待遇でやろうとする、もの好きは少ないのが事実だ。
企業側の視点
では、今度は、採用する企業側の立場になって考えてみてほしい。
企業としてはできる限り優秀な学生を雇いたいはずだ。
説明会一つにしても、有名な企業になればなるほど学生が群がってくる。
その都度、経費は発生するのだ。
リクナビ、マイナビ、などに払う経費も相当負担することになる。
そして、面接にしても書類選考にしても。
どうせ落選するとわかっている学生を面接するほど企業も暇ではないしお金もない。
しかし、世間体が邪魔をして、企業のブランドイメージを下げないために、今の今までそれを隠して採用選考してきていたのだが、もうそんなことを言っている時代ではなくなったのだ。
学歴フィルターはwin-win(ウィンウィン)だ!
- 学生側からしてみれば、どうせ採用されないとわかっている企業が事前にわかるのだ。そんな企業に使う時間、お金を他に使えばいい。
- 企業側からしてみても、どうぜ採用しないとわかっている学生を事前に落とせるのだ。そんな学生に使う時間、お金を他に使えばいい。
そう。つまり、本来、学生と企業はwin-win(ウィンウィン)の関係にあるはずなのだ。
先にも述べたように、企業はまだ世間体を意識しているため学歴フィルターはないとしているが、そのうち、堂々と公表する企業もでてくるだろう。
学生側が企業の意図に気が付くべきなのだ。
公務員にも学歴フィルターはある
学歴フィルターは何も民間企業に限って存在しているものではない。
公務員にだって当然、存在する。
国家の安全を担う警察庁のキャリアは9割以上が東京大学卒業だ。
テレビにでてくるような官僚のほとんどは東京大学を含め誰でも知っている大学名だ。
もちろん、稀に聞いたこともない大学からの採用はあるが、その人は出世できない。
公務員という世界にも当然、派閥が存在する。
その派閥争いに学歴がないと加われない。
このことはあらかじめ本人がわかっている節もあり、その前提で仕事をするということも影響しているのかもしれないが。
学歴フィルターは関係ない?
学歴フィルターが関係ないとなれば、それは人は違う経験をできる限り積んでおくほかない。
例えば、誰も聞いたことのないような大学であっても、英語を話せる、TOEIC990点といった実績があるなど、資格も影響するだろう。
これらは、在学中にも取得可能であり、努力の範囲だ。
芸術家なんてその最たる例だ。一芸に秀でているパターンだ。
つまり、学歴フィルターをすり抜けるためには何かしらの武器が必要ということだ。
まとめ
憲法に規定する職業選択の自由とは名ばかりである。
決して自由に選択できることはない。
なぜ、こと就職活動に限って議論されるのかがよくわからない。
人は生きている以上、常に差別を受けているからだ。
就職活動で学歴フィルター(大学名)は間違いなく存在する。
そして、企業でも公務員でも当たり前に行われている。
それを世間体があるから公表しないだけで、事実、入社してみればわかる。
同期の学歴を知ることになるからだ。
そして歳を重ねていくうえで、出世にも学歴フィルターが存在していることに気が付くはずだ。
同期の出世と学歴を知ることになるからだ。
これは、学歴がある人を苦しめる事実だ。
どれだけ実力があり仕事ができようと、周りの評価は大学派閥という学歴フィルターがつきまとうからだ。
仕事ができる人からすれば、悲しい事実なのかもしれない。
そして、就職活動中の学生に声を大にしていいたいことがある。
それは、新卒で入る会社が人生のすべてではないということだ。
入った会社が間違っていると感じたならば、その仕事を辞めればいい。
転職活動をすればいいだけだ。早ければ早いほどいい。
巷では最低3年と言われているが、そんなことはない。
これは、3年いれば脳がマヒし、ある意味での洗脳状態に落とし込めるから企業として奴隷を雇いやすくするための謳い文句だ。
クソみたいな会社は自分から蹴っていい。
そして、その会社で働く人を見返すように生きればいいだけだ。
私もそうだったが、学生は、高学歴であれば安定した給料のいい会社で働くことの確率を増加させ、一生働くことを夢みている。
それがすべてだと信じこんでしまっている。
そもそも、一生をかけてひとつの会社を勤め上げるという認識が崩れかけているのだ。
日本はもはや終身雇用制度ではなくなってきている。また、働き方改革も進められている。
公務員であれば、22歳から65歳(ゆくゆくは70歳)まで働く必要がある。
定年退職した歳で自由になってもあとはベッドの上で一生を終えることになるかもしれない。
そんな人生が正解かと問われれば、どうなのだろうか。
私は、学歴が関係ない世界を知っている。
学歴が関係する世界も知っている。
両方で苦悩する人たちを知っている。
事実をどう受け取りどう解釈するかでその人の人生は決まる。
学歴フィルターをかけるような企業に勤める人を見返してやる!と奮起するような人もいれば、学歴フィルターを差別だと言い訳にしてたいした勉強もせず就職活動もしていない人もいる。
事実をどう捉えるかが重要だ。