公務員はミスをしても組織が守ってくれるから、個人的に責任をとらなくてもいい!
なんてことはありません。
むしろ個人に対しての責任は重く、住民だけでなく自治体からも賠償を求められるケースが増えています。
民間企業では、損害賠償を個人に求めることはほとんどなく、企業側が保険に加入して備えるのが一般的です。
そうしないと、従業員が萎縮したり、責任のある仕事を避けたり、事実を隠蔽する可能性が高くなるためです。
公務員の場合、いくら組織や上司があなたを守ろうとしても、あなた個人に対して訴訟されたのでは、守れるものも守れません。
とくに、公務員は税金を扱う仕事である以上、民間よりも厳しく問われることは現代の流れであることは間違いありません。
2001年に情報公開法が施行され、国の公文書を開示請求できるようになりました。
地方自治体でも情報公開条例の制定が進み、今やお金さえ払えば誰でも情報公開が可能になりました。
公務員のミスや不祥事がほぼ公表状態ですから、自治体をとびこえて職員個人の賠償につながっています。
その対策として、自治労共済生協の「公務員賠償責任保険制度」があり、この保険に加入することで訴訟に伴う費用や損害賠償金を負担しなくてもすみます。
私は入庁時には入っていませんでしたが、ポジションが上がったことで上司から勧められ公務員賠償責任保険に入っています。
ただ、この記事で、保険に入ったほうがいい!と勧めるつもりは全くありません。
あくまで可能性があるということであって、公務員が訴訟される可能性はかなり低いですし、普通に仕事をしている限りは訴えられることがないからです。
過去の事例から危機感をもって仕事をしなければならないと改めて考えてほしく、記事にしました。
なお、会計年度任用職員も対象となるので注意が必要です。
公務員は住民から訴えられる可能性がある
地方自治法242条に住民訴訟については規定されていますが、
要は、住民が執行機関や職員に対して訴訟可能な内容を定めています。
総務省の公表資料によると、自治体を相手取った住民訴訟の件数は、
- 1992~1994年度(3年間) 334件
- 2012~2013年度(2年間) 483件
- 2016、2017年度(2年間) 512件
と増加傾向にあります。
総務省の公表資料によると、住民訴訟の1団体あたりの訴訟件数(平成14年9月1日~平成26年3月31日)は、
- 都道府県 12.36
- 指定都市 13.75
- 特別区 5.17
- 市町村 0.88
となっていますが、住民の行政監視が強くなればなるほど増えることになります。
公務員が住民から訴えられること(住民監査請求を経て住民訴訟)は納得できる人は多いのではないでしょうか。
公務員の仕事は国民の税金でおこなっているわけですから、その税金の使い方が不当なものであれば賠償を求められることは当然です。
国や地方公共団体が住民の合意を得ずに高速道路を作ろうとした場合、住民からすれば騒音や大気汚染などで住環境が悪化する恐れがありますから、訴えを起こすことも当然です。
このように、「国民⇒国・地方公共団体」に対し賠償を求めることに疑問を投げかける人はいないでしょう。
しかし、近年、「国民⇒職員」といった、組織に対してではなく職員に対して訴える事例が多くなっています。
住民から職員が賠償請求を受けた事例①「明石市」大蔵海岸陥没事故
「管理瑕疵(かし)」を問われた事例です。
平成13年12月、兵庫県明石市にある大蔵海岸の人工砂浜が陥没して、1名が死亡する事故がありました。
砂浜の所有者は国ですが、占有許可を得た明石市が維持管理を担当している場所になります。
事故の予見可能性、市だけでなく国にも安全措置を講じるべき注意義務があったかが争点でした。
業務上過失致死罪に問われた当時の国と市の管理担当者計4人について、最高裁判所は上告を棄却、
4被告をいずれも禁錮1年・執行猶予3年という判決が確定しました。
住民から職員が賠償請求を受けた事例②「明石市」明石花火大会歩道橋事故
平成13年7月には、明石花火大会歩道橋で11名が死亡する事故が起きており、
- 民事訴訟では、明石市に対し損害賠償を命じ確定判決
- 刑事訴訟では、明石市の職員3名に対して、禁錮2年6月・執行猶予5年の有罪判決
となっています。
公務員は国や地方公共団体からも賠償請求を受ける
公務員の場合、「国・地方公共団体⇒職員」に対して賠償を求めることがあります。
味方だったと思っていた仲間に後ろからグサッとやられる漫画みたいですが、現実です。
[国家賠償法]
第一条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
② 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
国家・地方公務員は基本的には組織が身分を保証しています。
すべて職員の責任となってしまえば公務そのものに支障をきたす恐れがあるため、国又は公共団体は、軽度の過失であれば職員に対し求償権を有しないと法律で規定しているわけですね。
つまり、
- 故意または重い過失の場合⇒訴えられる
- 軽い過失の場合⇒訴えられない
ということは、普通に仕事をしていれば訴えられることはない?
いえ、誰にでもミスはありますから、可能性としてはあります。
事実、総務省の公表する統計データでは、自治体の職員個人に賠償責任が生じた件数は、
- 1995年度~1998年度の4年間 45件
- 2009~2011年度の3年間 54件
- 2016年度~2017年度の2年間 51件
と、どんどん増加傾向にあることが分かります。
地方公共団体から職員が賠償請求を受けた事例①「兵庫県庁」水道垂れ流し
兵庫県庁に勤める50代の職員のミスによって、兵庫県庁の水道代が約600万円も余計にかかってしまった事例です。
ことの経緯をまとめると、
- 2019年10月、年1回の定期点検のため、兵庫県庁の地下にある受水槽を委託業者が清掃
- その際、排水弁を閉め忘れて1か月間垂れ流し
- 2019年11月、神戸市水道局の検針で発覚
- 被害額は約600万円(通常2か月分で平均200万円だそうで、6か月分の水道代が無駄に)
- 2020年11月、兵庫県庁は50代の担当職員に対し「訓戒」処分のうえ約300万円の賠償を求めた
- 担当職員は支払い、残りの約300万円は兵庫県が負担した
県も一度は全額を納付したものの、監査からの指摘を受けた結果、過去の判例に基づき職員に半額を請求しています。
この業務を担当していた50代の県職員は「あと(のチェック)は私が行う」「自分が閉める」と業者伝え先に返しており、請負業者には過失はないとされました。
法的には問題ないとしても、この処分には重すぎるのでは?との声が多くあがります。
ミスをしない人はいません。
ヒューマンエラーで300万円を払えと言われて簡単に払える人はそういません。
この事例には、
- なぜ、委託業者に任せなかったのか
- なぜ、2019年のことを2021年になって公表したのか
- なぜ、職員の上司は誰一人として処分を受けていないのか
- なぜ、職員は300万円という多額の支払いをあっさり受け入れたのか
と、まだまだ不可解な点は多いです。
あまり憶測を広げても真相は不明ですが、公務員には減給処分や停職処分などの懲戒処分が可能であり、このケースも他の処分方法はいくらでもあったと思います。
組織が全く責任をとる姿勢をみせず、すべて個人の責任となれば、職員全体が委縮してしまい適切な業務を行えるかは疑問です。
職員が委縮し隠蔽(いんぺい)が行われる可能性も増えるでしょう。
国家賠償法で定める規定は「他人」に被害を与えた場合であり、厳密にはこのケースは他人ではありません。
しかしながら、趣旨からすれば「重大な過失」と判断されたものと思われます。
裁判にまでなっていないだけで、このケースのように職員に賠償を求めている事例は多くあるでしょう。
地方公共団体から職員が賠償請求を受けた事例②「プール」の水を閉め忘れ
公務員のミスで水漏れが起こることは過去の事例からしても珍しくありません。
- ・2015年、千葉市の小学校でプールの給水栓を閉め忘れ、約438万円の損害。校長、教頭、ミスをした教諭の3人が全額を返済。
- ・2015年に東京都の高校プールで水栓を閉め忘れ、約116万円の損害。東京都は注意義務違反にあたるとしてミスした教職員7人全員で損害額の半分に当たる58万円を返済。
これらは、行政側の体制の不備(ダブルチェックなどミスを予防する仕組みがない)も考慮されての負担額です。
もちろん、税金なんだから当たり前で、むしろ全額じゃないのがおかしいとする声があがるのは当然でしょう。
故意や悪意があれば当然のことですが、自己責任論にしても、あまりにも怖すぎる考え方だと思います。
特に東京都の事例では、全額補償を求める住民訴訟が東京地裁で争われました。
結果、東京地裁は棄却しましたが、設備上の問題などを認め、教職員の負担割合は「5割を限度に認めるのが相当」との判断を示しています。
地方公共団体から職員が賠償請求を受けた事例③その他
他の事例も紹介します。
- 2004年5月 高知県高知市 担当職員4人に約700万円を請求
市営住宅で火災が発生し、火災保険契約の切り替えを怠っていたため保険金を受け取ることができなかったため - 2012年12月 香川県高松市 担当職員7人に約1070万円を請求
市営住宅の伐木伐採工事を特定の業者に不必要に発注をしたことが判明 - 2017年8月 京都府向日市 市長、副市長のほか担当職員4人に約750万円を請求
災害時用の備蓄食料の購入で納品を確認せずに業者に代金を支払ったが、半数程度が未納のまま業者が経営破綻したため
あくまで氷山の一角です。
公務員個人が賠償請求を受けることの波及
損害賠償請求を全て擁護するわけではありませんが、人である以上ヒューマンエラーは必ず起こります。
部署や担当業務によっては、1年目から億単位の予算を管理する必要があります。私も10億円を超える年度予算を扱っていたことがあります。
そのため1つのミスが多額の損失になることは往々にして起こり得ることが分かっているにもかかわらず、それを個人の責任として片づけてしまっては、
- ミスの隠蔽(いんぺい)が起こり、もっと大きな損失へつながる
- 職員の委縮、仕事に対する意識の低下(責任のある仕事はしたくない、部署には異動したくない人が増加)
- 過剰な仕事量の増加(今ですら鉛筆1本買うために決裁や見積もりが必要なことに加え多くの確認作業が必要となる)
となり、結果的に公務員になりたい人が少なくなり、職員の質が低下する恐れがあります。
ただでさえ仕事量は増えるのに職員の数は減らされるなかでギリギリ保っているのが行政の現場の声です。
チェック体制を増やそうにもシステムを作ろうにも八方塞がりのなかで個人の責任ですと片付けられる会社に入りたい人などいるでしょうか。
もちろん、故意の過失は糾弾されるべきだとは思いますが。
個人的には、すべて自己責任だというなら、民間企業の平均給与に習わずに自己責任分の給与を上げてほしいですし、管理職手当を貰っている管理職が責任をとらないなら廃止し担当する仕事の内容によって手当を付けてほしいです。
公務員は「公務員賠償責任保険」に入るべき?
求償されたり、裁判を起こされたりした場合などに備えて、自治労共済組合が提供する「公務員賠償責任保険」というものがあります。
現在の加入者数は2019年時点で3.5万人ですから、約1%の公務員が加入している計算になります。(公務員は全体で約330万人)
3,000万円の補償プランの掛金は年間で2,880円(2019年時点)です。
公務員は退職後も訴訟されるリスクがありますから、退職後も5年間の保障があるのは魅力的。
紹介した事例は稀なケースではありますが、公務員である以上、役職に関係なく責任を負うべき立場であることは間違いありません。
脱退、加入は年1回申請できますので、業務内容によって保険に入るかを検討してみてください。
事例からみても、特に技術職や管理者業務の人は検討が必要かなと思います。
私は入庁時には入っていませんでしたが、ポジションが上がったことで上司から勧められ公務員賠償責任保険に入っています。
月に300円程度の保険料ですので、リスクマネジメントを鑑みれば安いですしね。
ただ、たかが年間3,000円程度の負担とはいえ、されど3,000円です。
訴えられる確率と費用負担を考えれば、無理に保険に入る必要はありません。
公務員は人事異動で仕事が180度かわることもザラですから、
用地処理、管理瑕疵、会計に携わるような業務のときに加入して、あとは脱退なんてことも可能ですからね。
しかし、係長級や課長級以上の管理職は、部下がミスをしても責任を問われる立場になります。
自分の力ではどうしようもないときも訪れますから、検討の余地はあるのではないでしょうか。
部下が支払いを忘れていただけでも、管理不行き届きだとして懲戒処分されますからね。