役所に引っ越しなどの手続きにいったときに、
ぼっさぼっさの公務員がでてきては、少し嫌な気持ちになりますし、信頼できるかといわれると疑問です。
そういった意味では、公務員には一定の”身だしなみ”が求められるともいえます。
ただ、(規定している自治体もありますが、)あくまで任意、モラルの範疇。
”自由”は一定保障されるべきであって、その兼ね合いが難しいところです。
では、男性公務員の髭(ヒゲ)はどこまで伸ばしていいものなのでしょうか。
実は、過去に大阪市の地下鉄運転手がヒゲを伸ばしていたことを理由に人事評価を下げられたことを不服として裁判になった事例があります。
結果的には、ひげを剃らないことを理由に人事評価を下げることは違法と判断されましたが、
勤務する仕事内容によっては、「無精ひげ、異様・奇異なひげ」など国民に対して不快感を伴うものについては一定の処分があるかもしれません。
裁判事例を交えながら、公務員のひげ事情について解説します。
公務員は髭(ひげ)を伸ばすと人事評価が下がる?
大阪市は、大阪市営地下鉄(現在の大阪メトロ)の男性運転士2名を”ひげを伸ばして剃らなかったこと”を理由に人事評価を下げました。
これには、当時の大阪市交通局が2012年9月に内規(内部組織において運用する基準)「職員の身だしなみ基準」が影響しています。
この内規によると、
- 髭は伸ばさず綺麗に剃ること
- 整えられた髭も不可
と規定されています。
また、所属長には「度重なる指導にも関わらず改善が見られない場合は、人事考課への反映も行う」と通達されていました。
上司からはひげを剃らないことを理由に人事上の処分を示唆するような発言もありましたが、
男性職員2名は、
- 内規を無視
- 上司からの指導を無視
した結果、
2013、2014年度の人事評価の「規律性」や「お客さま志向」において、下位5%〜15%と査定されました。
これは、人事評価の評価基準のうち、最低(5%)、2番目に低い(5%~15%)に位置します。
人事評価が下がれば、昇格や昇任ができませんし、ボーナスの支給額も減額されます。
このことを不服として、男性職員たちは大阪市を訴える流れになります。
日本人には憲法で一定の自由が保障されています。
日本国憲法 第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
要は、内規で定めた内容は違憲であるという主張です。
憲法の規定に背く法律や政令は無効ですから、よく裁判になっていたりします。
ただ、役所側も適当に定めているわけではありません。
当然わかっていて定めた内規なわけですから、示談交渉にはならず裁判沙汰になります。
大阪市職員の裁判事例を解説
さきほど紹介した大阪市の男性職員2人は、
ひげを理由に人事評価を下げられたのは不当だとし、2016年3月、大阪地裁に提訴。
大阪市に慰謝料など計440万円の賠償を求めた訴訟を起こします。
市を訴えた男性職員2人の主張
- 運転士の業務は安全かつ確実に車両を運行することで、ひげを剃る必要性が認められない
- ひげを生やす自由は憲法13条に由来する人格権にあたり、整えられたひげも不可とする身だしなみ基準はその自由を侵害しているため、基準自体が違法
大阪市の主張(正確には吉村大阪市長の言質、
- 旧市営交通はサービス業であり、身内の倶楽部じゃない。公務員組織だ。お客様の料金で成り立ち、トンネルには税金が入っている
- 男性運転士らの人事評価について「ルールを守っていない職員がルールを守っている職員よりも高く評価されるのはおかしい
「身だしなみ基準」を制定した当時の橋下徹市長は「公務員組織の交通局は違法・不適切行為を繰り返していた。当時は厳格に服務規律を守らせることが第一だった」と説明しています。
一審大阪地裁の判決
裁判の結果、一審の大阪地裁は、
- ひげをそるよう求めた基準は職務命令ではなく職員への協力を求める趣旨だとして違法性を否定
- 一方、基準に沿って上司が人事処分を示唆してひげをそるよう指導したり、人事評価を下げたりしたことは違法
と判断し、大阪市に計44万円の支払いを命じます。
これに対して、大阪市は控訴。
二審大阪高裁の判決
- ひげが社会において広く肯定的に受け容れられているとまでは言えないのが日本社会の現状
- 市交通局の基準は「一応の必要性・合理性」がある
- 一方、ひげを生やしていることを主な理由として人事評価を下げたことや上司の発言などは、「職員に任意の協力」を求める身だしなみ基準の趣旨を逸脱しており、違法
と大阪地裁の判決を支持し、市側の控訴を棄却しました。
大阪高裁の判決を受けて、大阪市は上告はせず、判決が確定しました。
裁判所は、大阪市が定めた内規に違法性はないとしながらも、ひげを剃らないことを理由に人事評価を下げることは違法と判断しました。
一律禁止にし違反した場合は低評価とすることは裁量権の逸脱と判断されたためです。
判決でも指摘されていますが、
地下鉄の運転士がひげを生やしていることが、業務に支障があるとは言えません。
「ひげを剃らないこと=仕事ができない」とする因果関係は証明できるかどうかがポイントなので、
窓口業務などの職種では一定の影響があるかもしれません。
あくまで、この裁判は、地下鉄の運転士におけるヒゲの有無が争点ですから。
市民から大阪市を支持する声が多数
確かに、裁判では大阪市の主張は認められませんでした。
しかし、大阪市のホームページには、大阪市の主張を支持する「市民の声」が多く寄せられています。
・ひげを理由に減点評価したのは違法と判断されたが、公務員はひげを生やすべきではない。手入れをしていても認めない
・市長はヒゲ訴訟について、一歩も引かないで欲しい。地下鉄の当該職員、仕事をバカにしている。許しては、いけない
・市民に対して、不快感や威圧感、それに恐怖感を与えるほどヒゲを伸ばした状態で業務などを行っている職員は、旧交通局に限ったことではなく、大阪市の他の所属にも該当する問題。市の条例などを通じて、規律などの強化・厳格化を強く要望する
・先のヒゲ裁判でとんでもない判決が出た事に驚いています。この判決はお金を払っている利用者のことなど微塵も考えていない!ヒゲ面はややもすると怖そうに見えるし、不潔そうにも見える
一般的な感覚からして、
やはり”公務員”という職業柄、一定の規律は求められることは当たり前で、
それに従わない人が評価されないことも違和感がないかもしれません。
ましてや、組織としての方針に従わない職員をなんでクビにしないなんだ(クビにならないんだ)と思う人も多いのではないでしょうか。
(さすがにひげを剃らないことを理由にクビにはできませんが)
裁判では大阪市は負けましたが、
この2名の地下鉄運転士が人事評価で下位だったことの理由が”ひげを剃らない”ことがダメだったわけで、
大阪市からすれば別の理由で評価を下げればいいだけで、評価しないという事実は変わらないでしょうね。
ひげ以外の身だしなみで処分された事例あり
ひげ以外の身だしなみについて、他都市で処分された事例もあります。
バスの運転手が制帽を着用せずに乗務しそれを理由に減給処分された。
裁判所はバス事業の公共性から乗務員に制服、制帽の着用を義務付けるのは責任感の自覚と乗客からの信頼性を確保する上で合理的であるとして処分を有効としました(横浜地裁平成6年9月27日)。
ひげについては原則個人の自由で、着脱可能なものではなく、
私生活に影響が強いかどうかが判断の分かれ目になったのかもしれません。
現業職と非現業職(個人的な印象の話)の割合
毎年、懲戒処分を受ける公務員は後をたちません。
しかし、ひげを剃らない、帽子をかぶらない、などのモラルの範疇で問題となるのは、
公務員のなかでも現業職(地下鉄の運転手、バスの運転手)が多い印象です。
もちろん、非現業職(役所の窓口で応対するような職員)に問題がないとは決して言いません。
あくまで個人的な印象なので、何の根拠もありませんが、
現業職の採用を凍結し、これらの業務を民間委託(賃金の是正が主な背景)している自治体がほとんどなことからも、その片鱗は十分にうかがえます。